【作文ギライな子への対応】作文授業のたった1つの大切なコト

もう少しでブログ記事が200記事を達成します。まだまだ発展途上ですが、1年と1ヶ月継続できた自分を「なかなかやるなあ・・・」と自画自賛しているjunjunです😁

今日は、かつての私のように「作文授業づくり」に悩んでいる先生方に向けて、ちょっとでも気持ちが軽くなる「考え方のコツ」についてご紹介します。

そんな魔法みたいな方法なんてないでしょ!?

そりゃそうだね。魔法なんかじゃないよ。ちゃんと子供達の実態に応じた手だてもうたなきゃダメなのは当たり前だよ。

ただ、昔の私って固定観念が強かったから、その当たり前を取っ払ったら作文の授業をする時の気持ちがメチャクチャ軽くなったんだよ。

さて、どんな考えをどのように変えると作文授業をする時の気持ちが軽くなるのか、その「たった1つの大切なコト」をお話ししていきます。

【作文ギライな子への対応】作文授業のたった1つの大切なコト

もくじ

作文授業のたった1つの大切なコトとは? 

すべては「自転車に乗ること」と同じ 

まとめ

作文授業のたった1つの大切なコトとは? 

結論から言います。

それは、

「ゼロから書かなくていい」

ということです。もしかしたら私だけだったのかもしれませんが、経験の浅い頃の私は、「作文は自分で考えて書き上げる」と思い込んでいたんです。

過去の思い込み:「作文は自分で考えて一人で書き上げる」

           ↓

思い込みを取っ払う:「作文はゼロから自分一人で書かなくてもいい」

「ゼロから書かなくていい」ってどういうこと?

ゼロっていうのは、白紙ってことだよ。
苦手な子達にとって、作文用紙を自力で全て埋めていくのはシンドイことなんだよ。

作文に限りませんが、初体験や経験の少ないことにチャレンジする時に必要なのは、お手本やそばでアドバイスやヒントをくれる人ですよね。

小学生の子供達にとって「書く」作業は、経験の少ないモノの代表です。だって、生まれてこのかた、出会ってる言葉は「話し言葉」が大半。「書き言葉」には個人差がありすぎます。特に、それに出会いが少ない子達にとっては、どうやって書いたらいいのかわからないのが当たり前。それをメモや構成表を書かせたからといって、「ハイ、後は自力で・・・」と促しても全員が全員書き始めることは難しいのです。

子供達も大変だけど、30人から40人の中にいる、「書き言葉」に経験の少ない子供達を、先生一人で対応していくのって難しいんじゃない?

そうなんだよね。
この部分を少しでも解消するために、先生達は日々試行錯誤してるんだよね。

今の現状から出発すると、手だては次の3つくらいかなぁと考えてました。

・「書くこと」に慣れるために、短文を日常的に書く。

・そばにいてくれる「人」を増やす。

・作文の中で、共通する部分は一緒に考えながら書き(※「あなうめ作文」なども含む)、それ以外は「そばにいる人」に相談したり、自力で書いたりする。

※参考文献「必ず書ける あなうめ読書感想文」監修 青木伸生

青木伸生先生監修『必ず書ける あなうめ読書感想文』について取り上げた動画はこちら

子供達が作文を書く時に「ゼロから書かなくていい」状態を作ってあげながら、授業を通して「書き言葉」に出会っていく〜くらいに教師の肩の力を抜いていくと、子供達を不安の渦に放り投げずにすむのでは・・・と思うんです。

「ゼロから書かなくていい」状態を作るには、それなりに教師側が前もって準備することが出てきます。ですがその準備をすることで、子供達が安心して取り組めるだけではなく、実は先生達にとってのメリットが大きいのです。それが、授業中に生まれる「ゆとり」と放課後や持ち帰り仕事にしていた赤ペン入れの時間を短縮することができるのです。

例えば、事前に本時で使える「あなうめ形式」のテンプレートをいくつか作ったとします。確かにその準備に時間はかかります。ですがそれを使うことで、授業中に子供達が「なんて書いたらいいの?」とあっちでもこっちでも不安がる様子は減るはずです。しかも、困った時は、そばにいてくれる「人」=「友達」と相談できるようにしたらどうでしょう。教師一人で全てをやり切ろうとせずに、子供達の力を借りることで、子供達と教師の孤独感も薄れるはずです。

すべては「自転車に乗ること」と同じ 

過去の思い込み:「作文は自分で考えて一人で書き上げる」

            ↓

思い込みを取っ払う:「作文はゼロから自分一人で書かなくてもいい」

この思い込みって、junjunはどうやって取っ払うことができたの?

そうだなぁ・・・結構長い時間がかかったよ。
でも、「目の前の子供達が楽しそうじゃなかった」ってことが何よりの証拠だから、「変えなきゃ」って必死だった。
それに「はじめて自転車に乗った時」のことを思い出すと、「ああ、そうだよね」って納得できたんだよ。

では、「自転車に乗ること」と「作文を書くこと」を比べながら考えてみましょう。

「自転車に乗る」つまり「補助輪なしで自転車に乗る」ことをゴールとしましょう。

一人で乗ることができるまでに必要なのは、

・補助輪・大人の手・周囲からのポジティブなフィードバック

最初は補助輪をつけ、サドルにまたがりハンドルを握り、べダルを漕ぎながら周囲の状況に合わせて運転をする動きに慣れていきますね。それを次のステップでは、補助輪を一気に2つはずしてしまう子と、片方ずつはずしていく子と個人差が出てきます。はじめはヨタヨタしながらも、自力で漕いでしまう子もいれば、大人が手取り足取り導いていく必要のある子もいます。転びながら弱音をはきながら、周囲からの励ましを受けて、やがて一人で自転車を漕ぐ姿は本当に感動的ですよね。

整理します。

①補助輪付きでまずは自転車に乗ることに慣れる。

②補助輪を1つ、または2つはずし、周囲の手を借りながら練習をする。

1人で乗れるようになるまで、転んだり弱音をはいたりしながら練習する。

④ある日突然乗れるようになる。

では次に、この「補助輪なしで自転車に乗る」までの過程を、「作文を書くこと」に照らし合わせてみましょう。

①補助輪付きでまずは自転車に乗ることに慣れる。

「作文を書く」活動で当てはまるのは、文字を習い、言葉を書き、短文を書いている状態でしょうか。まあ、それ以前に鉛筆を握る、紙の上に線などを書くといった過程がありますが、とりあえず短文を書くことに慣れている状態ということにします。

②補助輪を1つ、または2つはずし、周囲の手を借りながら練習をする。

前述した3つの手だて、

・「書くこと」に慣れるために、短文を日常的に書く。

・そばにいてくれる「人」を増やす。

・作文の中で、共通する部分は一緒に考えながら書き(※「あなうめ作文」なども含む)、それ以外は「そばにいる人」に相談したり、自力で書いたりする。

がここに当てはまります。どの「補助輪=手だて」が適切なのかは、その子によって違います。もしかすると、教科書に書かれているお手本を「視写する」ことがゴールの子もいるかもしれません。

1人で乗れるようになるまで、転んだり弱音をはいたりしながら練習する。

この段階を私は、子供達が自分の今のスキルをおおよそつかんで、自分に必要な補助輪を選択する場面だと捉えています。②の段階で先生が用意してくれた「補助輪=手だて」に沿って書いていき、③の段階では自分で「補助輪=手だて」を選んでいくようになることが、やがて「自立した学び手」となっていくのではないでしょうか。

④ある日突然乗れるようになる。

この段階を私は、「自分の伝えたいことを、必要最低でいいから相手に伝える」こととしています。そして、何より大切な「書くことを楽しんでいるか?」を付け加えたいと思います。それには、自分自身が書くことによって考えが深まったり、相手が読んでくれた時、何らかの感情をもってくれたりすることが必要です。それさえ味わえたら、後は本人の必要な時に楽しみながら「書く活動」を続けていくでしょう。

まとめ

いかがだったでしょうか?今日は、「作文授業のたった1つの大切なコト」についてお話をしました。

2030代は「ガチガチの固定観念」だった私でした。でも、実は自分が一番シンドかったんです。

先生がシンドさを抱えていると、子供達にもそれって伝わっちゃうんだね。

そうなんだよね。
つまり、先生が毎日ニコニコしているだけで、子供達も笑顔になれるってことでもあるんだよね。

今日は以上でおしまい。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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